2012年1月30日月曜日

もう迷わない



お寿司ブランチ誕生会をした。
完全に日取りをミスったせいで、予想した以上にこじんまりとした会になりましたが、遂行できてよかったです。
前日の晩の赤ワインが抜けず、起き抜けから準備にかかり、そのまま来客一号も到着してしまったので、なんだかわたわたしてしまいましたが。でも相変わらずの私の寿司に自己満足。皆も完食してくれてよろしゅうございました。
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私には明らかな一本の軸があるけれど、それを確かにするために、あっちに反れそっちに反れ、その軸に完全に重なるまでに時間がかかりました。でももう迷わない。

最近自分の行きたい方向のことを見ていると、やはり面白いくらいに、どうしてもつながるところがある。
それ知るのは相当小気味いいが、相当勉強量が足りていないので、頭がもう一つ欲しいと思い始めてしまう今日この頃。
自分が行きたいところに行くためには、リスクを取って攻めるけれど、それは=ソロ活動の継続という最大のリスクにつながるのが難点。


2012年1月25日水曜日

ヨナタンとマヌエラの話から考える「移動における環境負荷」



ルール地方、オーバーハウゼンに住む私の元に、1通の手紙が届く。差出人はヨナタン。スウェーデン南部、スコーネ地方のルンドに住む学生である。そのヨナタン、手紙には3ヶ月間インターンシップをしに、ロンドンへ行くと書いてある。その行く途中に、私の元に寄ってくれると言うのだ。

日が迫っているのでメールで確認すると、ヨナタンの頭の中の旅程はこうだった。ルンドを出発し、まずベルリンへ、そこから私の住むオーバーハウゼン、共通の友人がいるテュービンゲン、そしてブリュッセル経由でロンドンへ、全行程10日ほどの鉄道の旅。

ヨナタンにはマヌエラという彼女がいる。彼らの微笑ましい関係を目にしたことがある私は訊いてみた。マヌエラはヨナタンがロンドンにいるうちに遊びに来たりする?と。するとヨナタンは言った。しない。どうして?飛行機を使いたくないから。

ここはヨーロッパ、魅力的な都市がたくさんある。飛行機、バス、鉄道を利用し、安価に短時間でアクセスすることが可能だ。もし自分の身近な人、友人がそれらの街に滞在することになれば、それをいいことに観光も兼ねて訪ねに行こうというアイデアが浮かぶ人は多いのではないだろうか。ましてや彼氏彼女。だが、彼らの場合はお互いにそれを諦めた。飛行機を使いたくないという理由で。

彼らの図式はこうだ。飛行機の利用=環境負荷のかかる移動手段の利用。時間を捻出できたヨナタンの場合、鉄道という代替案で移動することができる。マヌエラはそれができない、よって飛行機を利用するわけではなく、スウェーデンで待つということになった。

飛行機の利用、果たしてこれにどれだけの環境負荷がかかっているのだろうか。
日本の運輸において、鉄道と比較した場合、飛行機の二酸化炭素排出量は約6倍、バスの約2倍環境負荷がかかる。また、ヒトの移動による二酸化炭素排出量は、物流と比べて2対3と大きい。自分が移動することは、二酸化炭素を出しているということを、再認識するべきではないだろうか。

ちなみにヨナタン、インターンシップを終え、帰りはフェリーでイギリスからスウェーデンに帰国した。彼のお勧めは景色の楽しめる鉄道だそうだ。欧州滞在者なら彼のようにInterRailパスを、旅行者ならEurailパスを事前に日本で購入し、鉄道の旅をすることができる。

この話がきっかけで、飛行機の環境に対する負荷を知らない人が意外と多いことを知り、ショックを受け、今回記事を書かせて頂くことになった。日本ードイツ間を不必要に飛行機で移動をする人は少ないと思うが、長距離を飛行機で移動し、ドイツに滞在している私たちは、まず自分たちがかけている環境負荷について考える必要があると思う。ちなみに私の理想はシベリア鉄道とフェリーでの日独往復。ロシアビザ手配の必要なくなり、シベリア鉄道が高速化する日が来ることを願う。

(参考:http://eco.jr-central.co.jp/ecoshuccho/)30.11.11



※この文章はドイツ、フライブルクにて活動を行っているグループ"Öko-Freiwillig"が発行する「エコフラ新聞」に寄稿したものです。
新聞自体も載せたいのですが、とりあえずは自分が書いた記事を。

2012年1月6日金曜日

平和村Praktikum回想記② 体験記



2010年10月から2011年9月まで、私が平和村でPraktikumをして見つけた答え

私は平和村で過ごした後、自分がどう転ぶか知りたかった。
人間が生きる上で絶対必要な"医療"の方向に行くか、自分の感性を生かせる、人間の"欲望"の方向に行くか。
後者だった。
ただ欲望に寄り添うのではなく、私はその領域においてやりたいことがある。
私にとって重要性が高いのは、Kinderschutz(子供を救うこと)ではなく、Klimaschutz(気候を保全すること)
だった。だからこれからはその自分がいる領域から、これに貢献したいと思う。

平和村には日本から来るボランティアが、常時10名ほどいる。
この中には平和村がドイツにあるからドイツに来る人と、ドイツに来たくて平和村に来る人がいる。
私は後者。
先述したことに、やはり一番興味があることがわかったけれど、ドイツという国を初めて意識したのは、平和村を通してだった。だからドイツと私を会わせてくれたことを感謝するために、1年無給で働くという意味もあった。そしてその後、ドイツに残るために。
平和村の活動は簡単にできるものでは全くないし、ものすごくインパクトがある。それが実現できるドイツという国に私もとても驚いた。日本人の職員がいるから日本語で情報が簡単に手に入り、少しばかりのドイツ語の学習歴さえあれば、平和村にボランティアに行くのは難しくはない。
だけれどその数は、ドイツ人のPraktikantより常に断然多い。
これは本当におかしいと思う。
日本から平和村に行く人も、それを喜んで受け入れ続ける平和村も。

日本から平和村に行く人に関しては、半分くらいは理解できる。自分もそうであったし、興味を惹き付けられる情報が、十分すぎるほどあり、長期滞在できるビザを手にすることが難しくない。
ただ戦争や地雷、事故、先天性な病気を持つ子供たちを助けたいがために、ドイツまで環境負荷をかけて渡航することは、推奨されるべきことではないと思う。そうした助けが必要な子供たちは、日本やもっと身近な場所にもいる。一時的な労働力として身を投じに来る、または来させるには、もっと近場の労働力が適していると思う。

私はKinderschutzを理由に、それを正当化してKlimaschutzに反することは間違っていると思う。
これはもちろんKinderschutzに限らず、企業戦士ぶって、また自分のエゴが故に、気候に害を与えている人全般を対象に思います。

以上、平和村体験記というより、体験を通して得た所感でした。








※Praktikum: インターンシップの意。学業や職業訓練を受けたあと、またはそれに平行して、無給や少量の賃金で、実習(労働)を行うこと。
※Praktikant: インターンシップをする人。平和村の場合、高校卒業試験を受けたあと、大学に行く前に、社会的見識を広げるために、半年から1年ほどPraktikumをしに来る若者が多いです。
ドイツ国際平和村: https://www.friedensdorf.de/

2012年1月1日日曜日

聖夜を走る



夜8時前、Dresden- Neustadt
がらんとした駅

これは12月24日
この日私は早朝DüsseldorfからDresdenに移動して、Rを見舞って、これからBerlinへ行く途中。
翌々日にはBerlinからDüsseldorfへ戻る。
この3区間すべての移動をMitfahrgelegenheitと言う、事前登録制の相乗り照会サイトで移動を確保した。
クリスマスだったせいもあり、道は空いていて、あっけないほど順調に都市間を移動できたけど、何より自分が乗りたい区間の席を確保するほうが、もっとさくさく事が進んだ。私が割と直前に、その区間を運転する人と連絡を取っているにも関わらず。

こういう合理的かつクリアなシステムが成り立っていることが、やっぱりドイツだなと思う。
必要なこと(移動)を共有して、その間は話をするもよし、寝るもよしで、目的地に到着。代金を運転した人に支払って、お互い安価に移動できたことに満足して、さらっとお別れ。
土地を知るもの同士の会話は、詳しくないとよくわからないが、出発地と到着地に対する感覚や、その人がどういう動き(生活)をしているかが知れて興味深い。

それにしてもドイツは平らだ。
そして私のマイカーに対する抵抗が薄れてきていることに、慣れは怖いと驚く。