2010年8月1日日曜日

Berlin: Tempelhof



今回Berlinに来たのは、飛行機に乗るため。
それを主目的としてはずせないルートにすれば、少しは滞在を余儀なくされるので、1泊2日することに決めた。
欲張りだけど、自分に負荷を掛け、楽しみを増やす図式である。

友達の部屋のPCを付けると、かつて京都で会った時の、私のものすごく赤い顔の写真がデスクトップに表示され、やられた。この短期間でうさぎさんたちとどれだけ仲良くなれるかが、課題だなと思いながらシャワーを借りた。
あの時は髪が長かったので、ドライヤーが欲しいと思っている時に物音が。“彼氏の所”と聞いていた同居人の女の子が実はいた。彼女は先生になる勉強をしている学生で、いたずらっぽい感じがキュート。一緒に朝食を食べながら、私が泊めてもらっている部屋の主や、iPhoneの話題で盛り上がった。彼女もiPhoneユーザーで最近変えたらしく、私がJにダウンロードされた「羊が一匹」を彼女に見せると、ものすごくウケていた。この日彼女は姪っ子とプールに行く約束をしているらしく、私より先に出かけていった。まだ特に予定の決まっていない私に、夜暇だったらごはんでも、と自分の予定に誘ってくれた。あぁこの感じがやっぱり好きなのだ。


うさぎに行ってきますと言い、再びZOBに向かう。行きのKopenhagen-Malmö間、バスに乗れず鉄道移動したので、その払い戻しをしてもらうためだ。着いた時は閉まっていた、事務所にいる女の人に説明するが、自分は今日代わりに働いているのでわからない、ここに電話を、とチケットを入れる包みを渡された。もちろん、この時にすべてが片付くと思っていないが、このすんなり行かない感じにちょっとヤな予感を抱く。

気を取り直してBerlinを楽しもうと、観光?というか唯一絶対行きたかった、テンペルホーフ空港へ向かうことにする。2008年10月で閉鎖になると、Freiburgにいた当時に知っていたので、どうにか閉鎖前に利用できないかなと思っていたけど機会がなかった。ナチス建築の代表格のひとつとして、その美しさに私も惹かれたわけだけど、その後どう利用されるかはまだ決まってないようだった。

Berlinの街の中にあるので、行くのはUBで楽。"Platz der Luftbrücke"で下車し地上へ出ると、Luftbrückeのモニュメント(写真上)とメインビルが見える。Pommes: ポテトの屋台があったので、注文しがてら屋台のおばちゃんに現状を聞く。今後は知らない、分からない、の一点張り。ちょうどTempelhofを世界遺産に登録しよう、という動きもあり、そのステッカーが大量に置いてあった。腹ごしらえも終え、いざメインビルの方へ。閉鎖反対の声も大きかったようで、閉鎖から4ヶ月経ったこの時も、惜しむように見に来る人たちが何組かいた。中へは入れないので、隙間から覗いて伺い知ろうと試みる。時計をはじめ、すべてが止まってしまった空気があった。ただやっぱりものすごく尊厳としていて綺麗。ここにまだ息吹があった時に、やっぱり来たかったと残念に思う。


Pommesの屋台の近くに"Der Fliegerladen"の文字を見つける(写真中)。やっぱり航空系グッズを扱う店は近くにあるらしい。年季の入った店に、年季の入ったおじさん。別に私は航空マニアでないけど、なかなかお目にかかれないだろうグッズにテンションがあがった。むかーしのTempelhofの写真や、パイロットが必要とするような専門的な地図。おじさんにも今後はどうなの?と聞いてみたけど、屋台のおばさんと一緒だった。2人とも、明らかに閉鎖に反対だっただろうし、閉鎖されてしまったショックと、現実的な生活への影響をちょうど感じているような気がした。

結局今は公園として解放されているけど、あのメインビルの中には入れないんだろうか。この時も予約をすれば、館内ツアーに参加できるとあったけど、それしかいまも中に入る術がないなら行くしかないでしょう。"Platz der Luftbrücke"の規律のある美しさ(写真下)も味わってから、ここを後にした。

(28. Feb. 2009)

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Malmö-Berlin: 9時間夜行バス+フェリー


LundからMalmöに到着後、バス乗り場を探してなんとなく歩いた。
夜10時頃、あたりは既に暗く、地図が示す方面は道が悪く、スーツケースを引きにくかった。Malmöは海に面しているので、何やら大きな船も見える。
なんとか時間も間に合ってバス乗り場に到着したけど、バス待ちの人もそんなに多くはなく、案内をする人なんていない。とりあえず、近くの人に行き先を聞いてみると"Bremen"だった。Hamburgまではセーフと思い、ひと安心。少ししてバスも来て、皆、バスに乗り込む。

起きたらフェリーの中だった。バスに戻る時刻が告げられ、皆バスから出るところ。寝ぼけながらとりあえず身体を動かして、船内に出るとまぶしい。レストラン(好きな料理をおぼんにのせる形式)に結構人がいて、食事をしている人も多かった。外に出ても真っ暗でおもしろくないので、ちょっとコーヒーと何か軽く食べることにした。レジ前にこのスカンラインのフェリーのポストカードが売ってあり、確か0.35€とお高めだったけどツボで、何枚か買ってしまった。思いつくままに手紙を書いているとタイムアウト。バスに戻る。

起きたら既にBerlin近郊。バスの到着地は、"Berlin ZOB"= Berlin Zentraler Omnibusbahnhof。ベルリンのどこに着いたかわからないので、U-Bahnの地図を見ると、西のゾーンAぎりぎりのKaiserdammが最寄り駅だった。
同じバスで降りた人が散ってしまったあと、泊めてもらう友達の友達が迎えに来てくれた。土曜の早朝なのに有り難い。場所さえ分かれば自分で行けるけど、友達ははずせない仕事があり、留守中の鍵を彼が預かってくれていたのだ。
Alexander platzに近いUBの駅で降り、すぐ近くの建物。装飾のない、100年くらいは立ってそうな、シンプルな外観。この辺りの建物は、これまで主に高齢者が多く住んでいたけど、年月とともに空きが出る、若者にとってはいい目の付け所な物件だそうだ。
友達は3人とシェアしていて、一人は旅行中、もう一人の女の子はたぶん彼氏の家だろうと。友達の部屋を開けると、聞いていた2匹のうさぎが登場。彼らが動き回るのでドアの開け閉めには割と注意が必要。友達の友達もこの部屋にはよく出入りするらしく、一通り説明してくれた後、礼を言って見送った。
うさぎとの初めての共同生活に、顔がにやける。

(28. Feb. 2009)

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2010年7月30日金曜日

Lund: 最終日


来てしまった最終日。旅の計画中、Jは長く居てくれたら嬉しいと言ってくれ、とても嬉しかったけど、最終日は来るのである。Govinda'sで昼ご飯を食べ、Jは授業へ、SとMと私はLund大学の図書館へ向かった。

私はこの先の移動のチケットを準備したかったので、MのIDを拝借し、無事印刷完了。図書館のcafeでfikaする。大学構内特有の雰囲気が心地よい。少ないけどいくつかある各テーブルにお花が生けてあった。図書館の建物自体も好きだった。大きなレンガ造りにつたが生い茂っている。私はレンガとつたに弱い。

JもMもあと2年は学生。Jはその先環境系のマスターのコースに進むことを考えていたが、それならFeirbugもありじゃないかと薦めてみた。JやS、Mにとても学ぶことを刺激されたけど、もし仮に自分がマスターをやるならば、Lundがいいと思う程、この街が私は好きになった。前回いい思いをしなかったスウェーデンだけど、LundやMalmö、まだちゃんと行ってないけどKopenhagenも、要するにSkåneがとても好きになった。


Jが好きなSabenac(写真上)をSと買って帰って、3人で食べた。一足先にSがドイツに帰る。Jは寮で別れ、私は駅まで見送りに。電車はちょっと遅れていた。Sと一緒にここまで来れて、3人で会えてよかった。今度はSの住むTübingenで集まろうと約束をして、見送った。

駅前のスーパーでお土産と、切手(さすがにデザインがいい)を買い、寮へ戻る。私はMalmöから夜行バスに乗るのでまだ時間がある。晩ごはんにパンと、Jがポップコーンを作ってくれると言うのでキッチンへ。金曜日の夜の寮のキッチンは、フロアの住人が皆でちょっとパーティーみたいにテーブルを囲っていた。懐かしいポップコーンの音の後、ボールにあけて塩をまぶしてソファで食べる。Jはスウェーデンに住みたいなら、スウェーデン人と結婚したらなんて言うけど、その時はじめて私の状況を話した。またひとつ、奥の部分を共有して、そろそろ出発の時間になり部屋へ戻ると、そこには悲劇が。

JのMacBookだけが忽然と部屋から消えていたのだ。私のパスポートにiPhone、金目のものは無事だったが、それだけがなかった。意味がわからない。Jはスウェーデンだから大丈夫と言って、いつも部屋の鍵を掛けず、実質解放状態にしていたのは、やはりまずかったようだ。かなり動揺したJが放つ日本語は、なぜかおもしろかった(ごめん。)が、こんな大事な時に私は行かなければならない。私もJの動揺が伝わってきておかしくなりつつ、本来なら一緒に探したいのに、自分が何もできないことを詫びて出発した。



(27. Feb. 2009)

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2010年7月27日火曜日

Malmö: 散策


この日もJはMalmöで授業。Lundのまちなかにあるfalafel屋さんで、昼食がてらfalafelを買い、食べながら急いで駅を目指し電車に飛び乗った。Lundも多からず移民が暮らす街で、それもあってかfalafelは安価でおいしかった。そのボリュームにお腹を膨らませてMalmö到着。今回はJの授業には付いていかず、Sと私で街を散策してみることにした。

大学とは反対の、駅から真っ直ぐ中心部に進むと、大きな市庁舎前広場があった。そこに特設されているスケートリンク。果たして市民用なのか、何かイベントがあったのか、誰も滑っている人はいないけど、ミラーボールがクレーンで吊るされていた。Lundと違って街も大きいので建物の高さが倍くらい違う。小ぶりでかわいいのはLundだけど、MalmöはSkåneの中心として栄える素敵な都市の香りがする。


市庁舎も立派で赤いレンガの壁面や装飾が素敵なのだけど、その横の薬局がまさにつぼだった(写真)。なんて歴史の感じられる気品溢れる店内なのでしょう。2階には見渡す限り、当時使われていただろう薬品瓶が綺麗に並べられ、天井や照明など見れば見る程ため息が出る。ドラッグストア優位な日本からすると、薬局の、それも建物・店内に感動する考えられない。まさに歴史と文化の違い。その他も建物の入り口や抜け口など、道路に面する面に粋な装飾が多かった。


ちなみにこれが薬局の外観。現在の暮らしの中で、こうした古い文化財が現役で使われていることがほんとに心地よかった。ぐるっと街を回っていると、Jが言っていた日本食を扱うお店にノボリで気がついた。新しそうな店内は食品や雑貨が扱われていて、赤ちゃんがハイハイしていた。そのお母さんで超黒髪クールビューティーなオーナーさんと少し話をした。学生時代フィンランドに留学して以来、10年ほど北欧在住らしい。北海道出身の人で、話の中で特に印象的に残ったのが「死ぬまでに京都の桜が見たい」と言われたことだった。この人もそうだけど、こちらに長く住む日本人ほど、皆、口を揃えたように「日本が一番いいよ」と言う。そんなことを言われても、私の歪んだ精神からすると、そう言える立場に私も早くなりたいと思う気持ちが、大きくなるだけである。


市庁舎前のcafeでfikaをした。メニューが描かれたボート、甘いものが入った瓶など、陳列がかわいく、wifi環境もあって、長くいるにも居心地がよさそうな店だった。授業後のJと落ち合って一緒に帰る。駅構内に展示された写真パネルに、大股開きで日焼けをするおばさんを見つけた。あれはどうかと皆で突っ込みつつも、それを駅という公共機関に展示してしまうスウェーデンの感覚に、私は目を輝かせた。

(26. Feb. 2009)

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2010年7月26日月曜日

Lund: Govinda's


Jのおすすめのご飯やさん"Govinda's"へ行く。
自転車を持ったMと適当なところで落ち合って、街の真ん中ほど近い「ちょっと入った」ところにお店はあった。ばっちりお昼な時間帯だけど、混んでる理由はそれだけでない。お店にいる、キッチンから料理を手に取っている人、席に座って食べている人皆がにこにこして活気があった。日替わりで1メニュー、値段を忘れたけど手頃で嬉しいお値段で、皆が楽しくなる理由が詰まったお店。私たちも早く美味しい料理を食べたくて、なんとか席を確保し、列に並ぶ。

彼らといるのが心地よいのは、食べたいものを共有していることも大きいと思う。Sは少しなら肉を、というスタンスだが、肉食ではない。JとMは肉は食べない。環境保護的な観点なので、動物性のものを食べないわけではない。京都では、私が好きな店=Jが既に行った店だった。彼らが京都に来てから半年後に知り合ったけど、それまでに蓄積された個々の行動から、ぐっと近くなるのは一瞬だった。

料理はボリュームも満点で、とっても美味しかった。日替わりだから、毎日来ようかなんて声も出たほどで。4人が同じように話せる共通言語というのがないので、私が彼らのように全く苦なく英語が使えたらいいのにと悔やむ。JとMはいつでも妖精がさえずりをしているようて可愛かった。


その後、Jは授業に行き、少し離れた町の観光案内所で働いているMが、Lundにある"Alte Schwedische Haus Museum"を案内してくれた。古いスウェーディッシュ様式の住宅や暮らしが再現されていて、当時の人の現在人より小さいサイズ感や、バイキングの存在が感じられておもしろかった。
Mはドイツの大学に満足せずスウェーデンに留学し、そのままこちらで卒業した。Mがスウェーデンが好きなことがよく伝わってくるし、そんなMを私は素敵だなと思う。室内展示も充実してたけど、外も敷地に昔の教会(写真)とかが再現されていて、ひとつひとつ覗いて入った。授業が終わったJも登場して、まちをぷらぷらしながら、JおすすめのcafeへFikaしに行くことに。


"Fika"=cafeでほっこりすること。
昔ながらの建物にスタイリッシュな雰囲気がプラスされて、ひとの温もりのある素敵なcafe。写真をそういえば撮ってなかった。JとMは紅茶。Sと私はカフェ。陳列されていたケーキは、どれもいい具合に美味しかった!くどかったり、甘すぎたりしないかと一通りのことが頭をよぎるけど、華奢なケーキより、やっぱりこういうある程度地に着いた感じが私好み。
外はちょっと時雨れたけど、暖まって出るころには、雨上がりの石畳が照らされて綺麗だった。

(25. Feb. 2009)

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2010年7月24日土曜日

Nagano: 穂高養生園


15時半頃、待ちに待った(待たせた?)養生園着。
6月末に私が思い立ち、声を掛けてからこの日まで、3人ともスパイラルにうきうき度をあげながら待ちわびていた。養生園で働く友達つながりだけど、3人で会うのはこれが初めてなので、それもまた楽しみだった。到着した日と翌日はカフェで働いているという彼女。着いてから知ったけど、カフェは16時半までらしい。施設とお部屋を案内してもらい、急いで待ちわびているだろう彼女の元へ。20分ほど山を進んだところに“木と人とカフェ”を発見。キッチンで働く彼女を外から見つめ、嬉しい再会のハグ!朝からのアクティブな活動を報告し、夜にまた会うことを楽しみにして、夜ごはんのため“里の家”に戻る。

養生園の食事は一日2回(10時と17時半)。動物性の食材を使用せず、とれたてのお野菜を用い、自然治癒力を高めることを考えて作られている。この時の食事は、豆腐のキッシュと焼きなすのソース、酵素玄米ごはんに長芋寒天、たまねぎとしいたけのスープなどなど(写真上)。料理の説明も聞きながら、ひとつひとつ美味しく頂いていると、すでにごはんとスープのおかわりに行こうとする友達。私もテーブルにあったおかずをちょっとおかわりした。“里の家”と“森の家”でそれぞれの宿泊客が全員ひと間に会し、食事をする。付けられた量が多かったり、苦手なものがある場合は“預け箸”を使って、さらのお皿に預け、欲しい人がもらう。このテーブルの作法も、まさに養生園を物語っている。


デザートもあった。カシューナッツのムースにラズベリーのソース。既にごはんでいっぱいのため休憩していると、カフェでの今日の仕事を終えた友達登場。2人はかつて一緒にシェアハウスに住んでいて、それぞれアジア育ちなので、タイ語も交えたそんな話がおもしろい。積もる話で盛り上がっていると、20時のヨガタイム。ひさびさに身体を解す心地よさに、疲れと眠気がくる。終了後、3人でお風呂に入りまったりタイム。私は彼女から身につけた、タオルに付く水気を少なくするための「水払い」がお気に入りになった。


翌朝、早くもチェックアウトなので、荷物をまとめてからお散歩へ。スタッフの人に連れられ、木と人とカフェを下の道を通って目指す。友達の言う“ソーダ水色”の川のあるところも通った(写真中上)。お散歩なのだけど、山なので急勾配もあり息があがる。カフェでは友達が、まさに“キッチンのあるじ”のようにケーキを焼く準備をしていた。気の知れる友達の中で、唯一同業種だった彼女。本来の自分に戻って、居るべく場所に行くために準備をしている姿は、スーツ姿より何より素敵。自分にも無事その時が訪れるようにパワーをもらう。


朝食後、友達の言う“原生林”に辿り着くべく、再びカフェに寄り、目的地を目指す。
私からするとバリバリの山ガールな彼女の山感覚はとても頼もしい。フェリーで北海道へ行き、自転車でバイカーばりに各地を巡った乙女な彼女。水気を多く含んだ柔軟性のある土に、私の好きな“こもれび”。生い茂った自然に差し込む“こもれび”は格別である。結局“原生林”にはあとちょっとのところで辿り着けず引き返し、カフェでちょっとだけほっこりして駅へ向かうタクシーに乗った。

私は彼女たちのようなたくましき素敵な女子が大好きだ。皆それぞれに単独行動してきたけど、こうして出会ってそれぞれが育ててきた感覚を共有できることがすごく嬉しい。卒業前の旅で一人移動に懲りてしまったので、今回は道中も行く先でも友達と同じ時間を過ごせてとてもよかった。それぞれにそれぞれの道があるので長く時間を過ごすことは難しいが、どこかでずっとつながっていたいと思う。

Nagano: 穂高


10時半頃、穂高着。松本から乗車した登山者の多くもここで下車。レンタサイクルの客引きに合い、基盤の良さと勧誘の巧さに惹かれ、この土地を楽しんでから養生園へ向かうことにした。

東光寺には仁王像もある門の前に巨大な鉄の下駄があり、ばっちり変なポーズを決めて家族連れに撮ってもらった。山に向かって一直線に伸びる道は気持ちがいい。いつも写真は撮る側だけど、友達がいいカメラを持っていたので珍しくたくさん被写体に入れてもらいました。安曇野スイス村のワイナリーで2人ともお酒に弱いけど一通り味見し、お昼にそばを求めて大王わさび農場へ。花わさび蕎麦にわさびソフトクリームにわさび三昧。友達の男前な口と胃腸の働きに驚きながら、わさび田を鑑賞。雲行きと周遊バスの時間に合わせて駅へと折り返す。

地図キーパーの私は不覚にも二度ほど、レンタサイクルのおばさんに聞いた道を誤った。自転車を飛ばしやすい(飛ばしたくなる)道なので、修正のロスも合ったけどそれも愛嬌。1時間200円、800円で満喫の自転車の旅を終え、いよいよ友達の待つ養生園へ。