2010年11月6日土曜日

パリからドイツに帰って来た時に感じる落胆 ②


Palais Royal の工事中のストライプを見たあとは、Rivoliを渡ってルーブルへ。
地下のスタバの前にある郵便局: Le Post は、立地柄、土曜日でも開いているということで、
切手を物色しに行ったけど、そこまで購買欲をそそられるものは見つからず。
ただルーブル全般の物価の高さにびびり、すぐに地上へ戻ります。


Les Halles の無印に寄り、家を出てすぐに買ったサイドゴアブーツに疲れたので、ここからはvelib'で。
3年前よりポイントも増え、何よりドイツ語も対応になったのが良いです。
ただ機械も自転車もたまに"くせ"があるので、そこには要注意。


ぼちぼちお腹も減ったので、falafelを食べにRue des Rosiersへ。
何度か来ているけど、今までに見たこともないような人だかりが。
土曜日という理由以上に、前に並んでいた子連れのパパが言ったように、
「今日はみんなfalafelを食べる日」なんでしょう。
この店では店内でまず支払いを済ませ、外で受け取るのですが、両方合わせて1時間弱列びました。
たださすがは"マレ"。目の保養になるおされな人々が行き交うので、待ち時間も味わえます。


ピントがずれましたが、falafelです。このお茄子を含めて、もう美味しい。
ピタパンが破れて汁があふれ、少々苦労して食べましたが、それも道行く人たちにいい宣伝になったと思います。
お腹を満たしたらいよいよ左岸へ向けて出発。


もはや恒例行事とも言うべき「コンコルド攻め」


自転車走行中に写真を撮るのが実は好きです。
※もちろん安全第一※


今回のコンコルド攻めは、点数で言うと30点くらいでしょうか。
信号の付き所を把握できず、不必要な所で歩行者と化し、横目で何の問題もなく
交通の波に乗る自転車ライダーを何人も見ました。ああ悔しい。
左岸に渡るということは、前回のRivoliからシャンゼリゼにつながるコースとはわけが違います。


そしてやってきた左岸。Cafe de Floreを目指し、Boulevard Saint Germainをすいすい一直線に東へ。
右岸に滞在することの方が多かった私にとって、街路樹の雰囲気がまた新鮮で気持ちがよかったです。
初めて来てみたflore。さすがに土曜でお客でいっぱいで、一人で空いている席を確保する勇気も出ず、
ひと目見てみたいギャルソンの山下哲也さんらしき姿もなかったので、
すぐ横のfloreの雑貨屋さんを覗いて終了。
いつか堂々と鎮座して、サーブしてもらえる日を夢みています。


それから14区にできた伯父&伯母のお店を訪ねるべく、それらしき方向へ道を進める。
が、なかなかその最寄りのメトロの駅すら発見できないので、道を聞くこと2回。
最初のマダムも、2回目のマダムから広がったその辺の人たちも、とても親切に対応してくれた。
以前は地図を覚えたくてあえて道を聞かず、地図をフル活用して動いていたけど、
地図のない今回、パリの人たちの良い所に触れられてよかったです。

このお花屋さんの写真は、とてもパリらしい風景と思って撮った一枚。
主人の前で店番をするにゃんこちゃん。
また③に続きます。


2010年11月2日火曜日

パリからドイツに帰って来た時に感じる落胆 ①


「荷物を取りに行く」という名目で、初めての2日連続の休みを利用して、パリに行ってきました。


唯一無二な都市のひとつであるこの街に来たことに、特に大きく胸弾むことはなくなったけれど、
デカダンではなく単純に産業的に退廃的なドイツのある町から来た人にとっては、
後々色々な感情がのしかかって来るのです。


"GALERIE VIVIENNE"、偶然行き着いたこのパサージュには、実はゴルチエの本店がありました。


まあ、なんというか・・・


上も下も横も美しいわけで、自分もその一部になったような錯覚に陥ります。


そのすぐ南には、"PALAIS ROYAL"の北側の入り口があります。


中庭を囲んだ回廊を歩き、並々ならぬ店を横目見る。
Stella McCartneyのショーウィンドウのマネキンが、ハロウィン仕様で可愛かったです。


誰が撮っても美しく撮れる被写体がごろごろあるわけで・・・


やはりこんな風に自己満足。

こんな調子で②に続きます・・・



2010年10月20日水曜日

Tipps 1


“エディン持ってない?”
と同僚に聞かれて意味がわからず、それは何なのか問うと、
“太いペン”
とのこと。

それなら持っているわと差し出し、使用後に返してもらって初めて気づく。

日本で言う“マッキー”と同じではないか。

偶然なのか、なんなのか、所変わっても油性の太いマジックは固有名詞で呼ばれるらしい。


2010年10月18日月曜日

パウル君詣で


とりあえず、彼に会っておかねばと、最初の休みの日に行ってきました。
ワールドカップの時に占い師として活躍した、タコのパウル君を見に!



これは奥の方にいるのでわかりにくいのですが・・・



しばらくすると動きがあり、いい感じにタコだと主張してくれました。
小柄?でかわいかったです。

パウル君が住んでいるのは、“SEA LIFE”という、
世界各地に水族館などのレジャー施設を展開する、チェーンの水族館である。
彼のおかげで入場まですごく並ぶこともあるようだけど、
平日の午前中だったせいか、待ち時間なしで入ることができました。
水族館自体、ものすごく久しぶりだけど、
何か違和感を感じながら序盤のコーナーを見ていると、あることに気づく。

なんだか生簀のようなのだ。
入っている魚も食べられそうな魚に見えたり、
水槽が天井まで達してなく、上から覗けるので、
どうもそんな考えが浮かんでしまった。

でもそんなゾーンを過ぎた頃、やたら賑やかなコーナーがあり、
国旗が散っているので人々の隙間から覗いてみると、いました。
タコの寿命は3年ほどらしいので、今2歳半くらいの姿を拝めてよかったです。

目当てのパウル君人形も買い、とりあえず満足はしたものの、
15.9€も入場料を払ったわりには、大きな見所もなく(海遊館のジンベエザメのような・・)
順路をどこか飛ばしたんじゃないかと思ったほど、
私としては対価を見いだせませんでした。
※ただ私は水族館の相場も知らず、海の仲間たちにも疎いので人の見方に寄ります。

パウル君だけでは色気がないので、
他の魚たちも少しどうぞ。



むしろこの球体の水槽がよかった・・



あとはカワウソがかわいかったな・・・


2010年10月16日土曜日

丘を登る


私が実際住んでいるのはOberhausen: オーバーハウゼンの北西部で、
北には平和村の本部があるDinslaken、西にはルール工業地帯の中心都市の一つであるDuisburgがある。
バスで5つ中央駅の方へ行くと、Schmachtendorfという小さな町がある。
そこで一通り生活に必要なものは買えるので、たまに行ったりする。
先日、買いたいものがそこになかったので、さらに先のSterkradeというOberhausenの3大中心地の一つまで行こうとした。が、初の自転車での試みのせいか、道を誤り、Dinslakenの方へ出てしまった。

だいたいの私の長い前置きに慣れた人は、この間におそらく結末を推測したと思う。

丘を見つけたのだ。




マウンテンバイクでもすべりそうな砂利の坂道だったので、降りてしばらく上を目指して進む。
この小高い丘からは、結構遠くの方まで見渡すことができた。
私のタイミングがいいのか、割と自転車に乗るのが夕暮れ時だからのか、夕日もばっちり。
それと同時に、ここがやっぱり工業地帯なんだと、確認できた。

帰って調べてみると、この丘は"Hühnerheide"という、原野でした。


生い茂る木々の間に丘につながる道を見つけた時、帰り道が真っ暗になる可能性も考えながら、
どうしても足がそちらへ進んでしまった。
私としては、もうこの一人遊びを辞めたいのです。
誰か止めてくれる人はいないのでしょうか。


2010年10月13日水曜日

秋晴れの、静かな日曜日


平和村の外へ出ると、ここでの生活はまるでのどかな田舎暮らしをしているようだ。

田舎というのはちょっと言い過ぎで、郊外と言ったほうが適切なことに気づいた。
日曜日、当たり前にほぼすべての店が閉まってしまうドイツの日常に、久しぶりに入る。
ひとつひとつのことを、体中で噛み締めながら、気の向くままに自転車をこぐ。


馬に挨拶をし、


野うさぎたちには白いしっぽを見せられながら逃げられる。


そしてこんな風に自己満足。


こんなに天気のいい日には、車でもバイクでも自転車でも、ドイツの正しく整備された道を飛ばすには最適で、
老若男女(実際見たのは“老”が多かったが)問わず、気持ちよさそうに秋晴れの日を楽しんでいる。


2010年10月6日水曜日

Oberhausen, Deutschland


ドイツに着いて早一週間。
仕事に生活に、まだ頭の中が落ち着かないけど、一番私をそわそわさせるのはこの住んでいる“まち”である。
インターンとして働き始めた平和村については10年前から知っている。でもこの団体が組織された“まち”に関しては、ドイツ地図上の位置、有名なショートフィルムフェスティバルがあること、ワールドカップで見事に予想を的中させた、タコのパウル君が住んでいることくらいしか、知らなかったのである。
自分が地図上どこにいるのか、どんな“まち”に住んでいるのか、それをまず把握しないと私は落ち着くことができない。
ここに無事到着した時点で、あの動き過ぎた時代と別れるつもりだったのに、この性分がまだ私を反射的に動き回らせる。
と、言うことで、ここオーバーハウゼンやこの地方について、地を固めていきながら、平和村の話もして行けたらなと思います。どうぞよろしくお願いします。